収監ダイアリー

虚栄心、自己治療、責務、手段、自己実現。晒す限りは活かしたい。

2022年3月10日

朝日を浴びて起き上がる。

終わりの日が始まった。

立つ鳥跡を濁さず。

せめて部屋だけでも綺麗にしておきたいと、掃除をする。

そして、関係者各位宛にLINEでお別れの挨拶を。

「保釈中はお世話になりました。ボクはしばらく塀の向こうへ行きます。みなさんどうかお元気で」

一斉送信すみません。

 

東京地裁は相変わらず空気が悪い。色がない。

一階のロビーの隅にある公衆電話で中野区の生活保護課へ電話する。

担当ケースの引き継ぎのため。

今日から収監されることはもちろん言わずに。

気を抜くとため息が出る。気合を入れてため息を吐き尽くす。

こんなに社会的にポジティブな活動をしているオレがどうして…

ため息の霧が晴れた後、そこには傲慢が現れた。

この傲慢さがあるうちはきっと乗り越えられると自分を励ます。

受話器を置いて振り返ると弁護士の先生が心配そうな顔をして待っていた。

判決の時間が迫っているようだ。

駆け足で(行きたくない場所にどうしてボクは急ぐんだろう)法廷へ向かう。

傍聴席は埋まっていた。

情状証人になってくれた稲葉さん以外は誰も知らない人たちだ。

公判のときはガラガラだったのに、やっぱり裁きの瞬間はいつの時代も人気なのだ。

俗物ですね世間は。

稲葉さんにシェルターの鍵を返す。頭を下げる。

これでもうこちら側の世界に残すものはもうない。

 

「懲役1年8ヶ月の刑に処す」

予想より量刑は軽い。ボクは弁護士の先生を見る。

「よかった」「ありがとう」「とはいうものの1年8ヶ月は正直長いぜ」を織り混ぜた表情で。

扉の向こうへ行く間際、稲葉さんが「待ってるからね」と声をかけてくれた。

言葉は言葉でしかないけれど、その言葉が温かい。

有罪を告げられた者へのためらわぬ優しさ。

見ようによっては任侠の世界観だ。

事情を知らない他の傍聴人たちに、稲葉さんが反社の人と思われるんじゃないか。

ボクは心配になった。ちゃんと理解してほしい、とも思った。

だけど、扉は閉まった。

ボクは最後に笑ったつもりだったけれど笑えてたのだろうか。

 

夕方まで地検の片隅で待機する。

そこからワンボックスカーへ乗せられて東京拘置所へ移動する。

二度目の拘置所ゴールドライタンを連想してしまう。馬鹿デカさは相変わらずだ。けど前ほど圧倒して来ない。

拘置所のロビーは空港のターミナルを思わせる。それぞれが指定された場所へここから旅立つ。

カウンターでの聞き取りは、名前、本籍、住所、病歴、自殺企図の有無、前刑での懲罰の有無、家族構成、コロナ感染について。

HIVだと告げると、こそこそした顔つきになって手招きされたので、セクシャリティを確認されるんだと察し「ゲイです」と答える。よしと頷く刑務官。誰にも評価されない阿吽の呼吸。

コロナのPCR検査と身体測定。手荷物確認。流れ作業の行き着く先は7階D棟。コロナ対策のため今日から二週間はここで隔離。

泡立たない洗剤、小学校時代のパレットみたいなチープな食器セット、入れにくい枕カバー、敬語を使えない刑務官とその制服から漂う不釣り合いな甘い洗剤の香り。懐かしい…とわいえ嬉しくない感慨。

どうせ眠れないだろうけど、眠剤を処方してもらう。

 

終わりの日がようやく終わり、始まりの日がとうとう始まった。

 

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森 博嗣/フラッタ・リンツ・ライフ―Flutter into Life

収監されると手にしたくなる小説がある。例えはスカイクロラシリーズ。墜の美学。二度目だから気づけるんですね。