収監ダイアリー

虚栄心、自己治療、責務、手段、自己実現。晒す限りは活かしたい。

2023年8月9日

領置調べのため今晩(最後の夜に)使うもの以外すべてクリアボックスに詰め込む。

詰め込むったって事前に宅下げしてるから荷物はあまりない。

 

部屋の入口にあるい巨大な冷風機の水の音がいつもしたたっていて雨が降っているような錯覚を覚える。それにしても昨日の夜はえらくリアルな雨音だなあと思ったらリアルに雨だった。夜中に降り続いた雨は夜明け前にやみ、地面だけをぬらし空は青く広がっている。きらきら光る冷たい風が景色を通り過ぎていく。

ああ 明日の今頃は ボクは常磐線の汽車の中~~~♪

 

刑務所のメニューは囚人たちの嗜好を反映しない。金のどんぶりがワースト1なのにいまだにレトルトルーティンのセンターを陣取る。もしかしたら嫌いなものを食べさせるための嗜好調査なのかもしれない。罰をあたえるための場所であることを期待する世間の意向に応えるという意味ではあり得る話だ。ということは刑務所でくさい飯を食べていることは社会の福祉となりえており、ボクは胸を張ってもいいのである。

 

何かが足りない…どこかが多い。だからいつもいびつになる。

 

さあボクは今日どんな夢をみてどんな風に目覚めるのだろう。5冊の収監ダイアリー。読み切らないまま消灯が来た。


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2023年8月8日

まだ二週間もここに残る二人の手前、あまりはしゃぎすぎないようにしようと心がけてはいるがどうしても、うれしみが漏れ出てしまう。

あと何日、あと何時間、これが最後の…と言葉に出てしまう。

ジリジリ照りつける太陽にゾクゾク待ちわびる夏。

 

午前中は講義がなかった。ひたすらVTRを視聴する。

「人間やめますか」「覚醒剤に狂わされた私の青春」「白い粉110番」...

20世紀の古典作品はタイトルがえぐい。内容だって容赦ない。専門職も中毒中毒て言ってるし、家族には「勇気をもって通報を」なんてコメントも。最近のやつだと逮捕は意味がないってムードになるからここでは流せないのかなあ。

白く輝くパケに収まる結晶たち、シリンジの中、真っ赤に逆巻く血流、リアルな自己注射のシーンが容赦なく流れてくる。見事なくらいに配慮がなくて、ボクはフラッシュバックに気持ちよくなってしまった。

 

午後は講義が三つ。

まずは分類職員からのハローワークの使い方ってタイトルの話。ハロワ使ったことある人?って質問に答えるのがめんどくさくて手をあげず、誰もあげてなくって職員のモチベーションを下げてしまった。

次は、茨城農場の方のスタートアップテキストの話でこちらも知ってることばっか。

最後は、企画主席が…10分たっても現れず、担当刑務官が黙読しておきなさいとの指示。やっつけだなあ。

 

罰を与えられる場所から与えられる親切には素直になれない。DV男がぼこぼこに殴った後のやさしさみたいで気持ちが悪い。

あとは自分でやるんでほっといてください。そんな感じになる。

 

鷲田清一/だれのための仕事

だれかのため仕事でありながら結局は自分のためにやっている。その自意識というか覚悟に尽きる。

福祉の仕事は。とてもゼイタクですね。楽しんでやりましょう!

2023年8月7日

もう夜が明けているだろうと暗闇の中本を読む。

見回りの気配を感じ、本を隠し寝たふりをかます

「おいおい」と声を掛けられ、がばっと起きる。

「洗心寮だからあんまり言わないけど、まだ二時だぞ。眠った方がいいんじゃないか」とやんわりたしなめられる。2時???4時くらいだと思っていた。誤算。

規則を破り本を読んでいたことよりも、それを隠そうとしてばれてしまったことの方がはずかしい。

 

朝、朝食中、今回のメンバーは静かだ。会話はあるがすごく考え抜かれた上での口先の会話。そんな感じ。静かに感動をかみしめるタイプなんだろう。

 

雑居が長いと早食いになる。三人ともボクが茶碗半分くらい飯が残っている時点でもう食べ終わっている。「ゆっくりでいいんですよ」と言ってくれるけどそうはいかぬ。ボクは残りのご飯を二口でかっこむ。「ごちそうさまでした」と口に米をほうばったまま終了。リズムのない食事。

昼食はペースアップして意気込んた。勢いよく食べ終わり「ごちそうさまでした」と言ったら、小林さんがまだ食べていた。

なんだか口内炎がいくつもできている。出所がストレスなのかもしれない。とはいえ毎日うんこがでる。口内炎も快便も健康である証拠だ。

 

講義は教育総括からのっ講話。生活設計について大谷翔平モデルを紹介されてもなあ。福祉専門官は、健康保険について。知ってるよ。

最後の二週間でこんな話聞いたってなあ。そう思う。だからといって何か有効な対案があるかといわれると困る。責任の取り方が罰だけって場所だからなあ。

 

午後からは心理士さんとの面談。「淘汰さんは離脱プログラムに通うよりも、信頼できる確固たる人間関係作りと確固たる将来へのイメージを持つことが大事」と自分が思っていたことをそのまま伝えてくれた。

自分に厳しすぎるとも。けどこれは違う。自分に厳しいふりをしてそれ以上他者に責めないよう保身しているだけだ。

おもしろいなあ。人生はわかることで解決されないからとてもおもしろい。

 

五島勉ノストラダムスの大予言

結果知ってるからなあ。結果知ってても新撰組とかはおもしろいから、やっぱ文章力なんだな。

2023年8月6日

獄中より暑中お見舞い申し上げます。

ひどくはげしい暑さが続いておりますが、お変わりありませんか。

こちらはいつだって暑さ寒さにバリアフリー。汗だくぬれぬれの夏を過ごしています。

最後に送っていただいた三冊が届いてからはや一か月。「まだいるのか?」と思われるかもしれませんが...まだいます。

同封されたメッセージに柄にもなくうるうるとしてしまい、その感動のまま出所できればよかったのですけれど...まだいます。

「まだ」という言葉が「もう」に変わる日々の充実ってこういうことだったのか!

この手紙がそちらに届いてる頃にはもしかしたら、もうここにはいない(かも)。

もっと早いうちにお礼のお手紙を書かねばと思っていたんですが、いただいた手紙に文章がおもしろいと書かれてあって、期待に応えられるような収監トリビアを集めていたらこんなにギリギリになってしまいました。すみません。

 

今ボクは洗心寮と呼ばれる釈放前の受刑者が収容される舎房にいます。長い不自由な暮らしからいきなり娑婆に解き放たれて嬉し死にしないためのウォームアップの場所というか、比較的ゆるく過ごすことができる…そんな感じです。

今は4人がこの寮にいるんですが、状況が状況なだけに、とにかくみんなよく笑う。

朝の挨拶で笑う。消灯前の挨拶で笑う。刑務官の放送の言い間違に笑う。よく冷えた麦茶に笑う。その麦茶があっという間にぬるくなる様に笑う。地震が来ても笑う。連日35度を超す沸騰しそうな天気予報にも笑う。ついでに物価高騰のニュースにも笑う。官本に挟まった誰かの不愉快な毛にも笑う。味気ない鶏肉料理にも笑う。「この鶏、卵が産めなくなったからさばかれたんだぜ」と誰かのブラックジョークに笑って食べ、ボクは笑いながら椎茸だけをちまちま取り分けています。

明日に近い今日が一番うれしい。ここはそんな何千、何万ともいえる先人たちの先走るエクスタシーの残滓で満ちた沼。洗心と名の付くこの沼で心を洗うと喜びのつぼにはまってしまうようです。ああ、天使(エンジェル)たちがラッパを吹いている。社会がどこも洗心寮であるならば世界平和も可能かもしれません。

ラブ&ピースに満ちたユートピアではありますが、いつまでもとどまるわけにはいかず、というか早く出たい。でも出所後の現実が厳しいことも確か。

今回ボクは覚醒剤の使用で収監されたわけですが、今だと日大アメフト部の大麻騒動なんかをみるとうんざりしています。そんな大騒ぎするほどのことなんだろうか。よってたかって追いつめて、若者の人生を踏みつぶして何が楽しいんだろうか。これについては笑えない。

林真理子も大変だなあ。(ちなみにボクは林真理子はあまり好きではなく、彼女の皇室を尊びすぎる発言には「いいかげんにしてよ真理子」と思ってしまう)。

学校側がすぐに警察に通報しなかったことはそんなにおかしな対応なのだろうか。「学校は治安機関ではない。常に学生の福利を第一に考えています」みたいなドラスティックな態度で真理子が対峙してくれたなら彼女の著書を三冊くらい買ってもいいかなあ。

 

今回の収監生活でボクはつくづく思いました。刑務所とは罰を与えるのに特化した非常にすぐれた構造をもつ、つまり罰だけのための場所なんだと。刑務所で得た知識や経験は刑務所においてのみ価値があり、一般社会では応用が全く効きません。罪と言う概念は脅迫であり、罰という行為である。罪も罰も犯罪の抑止にはなりえても更生には意味がない。こと薬物事犯においては逆効果である、と。

自分らしく生きるとはかくもなし難き。

いかんですね。薬物問題について語り始めると人格が変容してしまう。薬物の後遺症です。ダメ♡ぜったい!ははは。

 

ボクは元来、更生とか矯正とか...あと治療とかもこういう言葉が大嫌いで、人生を安易に自縛しないように生きてきたんですが、結果捕まってしまい、拘束されることに...あがっ!

社会になじむには妥協せねばならず、妥協しすぎれば個としての本質が損なわれる。

出所後「丸くなったね」なんて絶対言われたくないし、かといって意固地に抵抗するのは我が美学に反する。苦肉の策としての個性を縮小化させてこの一年半をどうにかやり通してきました。理不尽な規則にからまって、いびつになってしまわないようにいつも小さく背を丸め...

そんな日々には本がしっくりはまって、だからありがたかたですね、トンガ坂さんからの差し入れは。本当にすごく。

毎週毎週届くのが楽しみでした。たまに検閲の都合で翌週になってしまうときに鬱になるくらい。待ち遠しく楽しみでした。

200冊近く送っていただいたのに既読本は一冊もなく、本屋の底力に感服、感動しました。感動をありがとう。

出所の際は改めてご連絡いたします。

検閲マークのついてない手紙を届けられる喜びを胸に。

ありがとうございました。

 

ティム・インゴルド/ラインズ

これ、トンガ坂さんが送ってくれた本で唯一読み切ることができなかった貴重な一冊。

2023年8月5日

最後の週末。最後のカレー。最後の指導日。最後の納豆。いや納豆は火曜にもまた出るか。最後、最後を数える収監生活にも飽きてきた。

馴染むことにボクらは妥協しなければならない。けれど妥協しすぎれば個としての本質が損なわれる。難問だ。

 

この一年半の収監生活で約500冊の本を読んだ。

多くが差し入れてもらったものだ。

読書は感謝の時間だった。

読み終えた本はほとんど寄付した。親切のサステナブル。うまく誰かに届くことを願いながら。

すごくぴったりはまるもの。びっくりするくらいに面白かったものは誰かにすすめたく宅下げした。

手元に残ったのは5冊。理解したいがまだできなかかった、だけど届きそうな5冊。いつか読み返したく、ボクはこの5冊をもって明後日出所する。

2023年8月4日

こんどこそ最後の矯正指導日。

 

ラジオ放送の「あやまちはもう再び」は交通事故の加害者の手記だった。

どんなに注意しも事故は起きる。この残酷な事実に対し、どう対峙するかにその人らしさはあらわれる。ボクは安全は手を抜かずにやりたい派である。それはもしも避けられず引き起こした事故の際、その受け止め方に違いが出てきそうだからだ。

 

もうひとつは「生きる知恵、生きる知識」で、こちらはホスピスの医師の話。その医師は、痛みがあっては何もできない」と語った。そうだそうだ!すべての刑務官に聞かせてやりたい言葉だった。

調子に乗って感想文に「依存について」書いてみた。

依存症は意志だけではやめれない脳の病気だ。罪という概念や罰という手段はこの病の予防に効を奏しても回復の役には立たない。

ニュースでは日大のアメフト部の大麻報道。学校側が10日間軽擦に連絡しなかったって大騒ぎしている。そんなことで…よってたかって追い詰めて。ひとりの若者の人生をおわらせるほどの事件なのか。

違法薬物は社会にとって害悪である。はやいうちに非処罰化へ制度変更すべきだ。

 

どう思われようが気にしない立場になれたのでシンプルな言葉づかいで思いを吐き出せてすっきりした。

色々と考え悩む一年半だった。考え悩んだ結果、薬で捕まって収監される合理的理由は結局わからずじまいだった。いや違う。よくわかったのかもしれない。

社会は正しくない、クソだ!ということが。

クソは言い過ぎか。けど社会とは洗練されてない場所であることはよくわかった。

例えば刑務所とか。

離脱教育では強さよりも賢さが大事だと教え、普段の所内生活では賢さより我慢強さを強いる。アディクションにはコネクションが大切だと教え、実際は社会とのつながりをぶったぎる。何をやってるんだろうとバカらしくなる。

規則だから、ルールだから守ることが当たり前。そんな説明にボクはうなずけなくなってしっまった。ボクは刑務所で反骨精神を手に入れた。

 

宮崎駿シュナの旅

実は宮崎駿の漫画をみたのは初めてだ。余白の充実が絵本のような読み心地。

あの物語の過去が未来が想像される。普遍性。

いしいしんじがこれを読んでるかは知らないがポーの世界をちょっと思った。

2023年8月3日

朝7時10分に三人がいなくなった。

来週の今頃にはボクも…来週なんて近すぎる。来週なんて遠すぎる。

最後の朝食...みんなわりと朝飯は食わないんだなあ。

 

5人が2人になるとやけに静かだ。

今野さんはけっこう色々動いてやってくれるんだ助かるし頼れるしありがたい。

 

新入が新しく二人やって来た。新入といっても刑期はボクよりずっと長い二人だから先輩なんだけど。ここからはお盆を挟むんで釈前が3週間だそうだ。お預けが長くてかわいそうだなあ。

ボクの出所日には稲葉さんが迎えに来てくれるらしい。

出所後はゆうりんクリニックとつくろい東京ファンドで雇ってくれると手紙に書いてあった。思いもよらず理想的。感動的。

誰かのつくりあげた大切な場所を危機に陥れるよなことは避けなければ。

断薬へのプレッシャーをはじめて覚える。はじめての感慨。

ボクはもしかしたら意志がなかったんじゃないか。離脱への環境や知識にはめぐまれていたものの、肝心の意志だけがなかったんじゃないか。やめたくないという意志が強すぎたんじゃないだおろうか。そんな気がしている。

やめたい気持ちがやっと顔をだす。シャイなんですね。ボクの意志は。

 

西加奈子他/私の身体を生きる

他者から解放されることで自分の身体に気づく。そんな風に島本理央さんが書いてあって、なるほどなあと。モテを手放すことで、自分を大切にする方法を知った。自分の体験とも重なりしっくりきた。