朝起きて気分がいい。
気分を良くしてる場合じゃない。こんな場所に馴染んじゃいけない。ボクは憂鬱さを探す。
工場へ出役してしまえば、不愉快はいくらでも見つかるから気にしなくていいのだけれど。
金曜なのに今日も差し入れの本が来ない。案の定早速絶望できた。
そして昨日に引き続き早上がりのスケジュール。時間がもったいない。何をしてつぶそうか。
運動の30分をボクはリハビリに費やす。とにかく歩く。独居房の者にとっては唯一他者と交流できる時間であるため皆、わいわいがやがや和気藹々としているが、それを横目にとにかく歩く。歩く。歩く。グランドのトラックを走り、リレーに興じる者たちもいる。大きな声で盛り上がっている。楽しそうだ。ボクはその周りをひょこひょこと松葉杖をついて歩く。歩く。歩く。中島くんが「もう走れるんじゃないですか」と愉快気に誘ってくれる。ボクは「いや〜」と笑って返す。別の誰かがメンバーに加わり新しいチームが組まれまたゲームが始まる。ボクはまた歩き出す。
週末に向けての入浴。「あと3分!」の号令がかかると皆あがる準備を始める。が、中にはその声に一切動じない者もいる。ルールを屁とも思わない姿へ向けられる刑務官の「あいつは変わらないだろう」という無言の眼差し。ここにいても仕方ないとわかっているボクら。わかっている刑務官。わかっているもの同士、共通理解はあるのだがどうにも分かり合えない現実。
いつだって出て行く準備はできている。きっと誰一人残らずそう言い切れるはずだ。入った瞬間から準備完了。また来てしまうかもしれないなあ。なんて思いながら。アンチクライマックスな日常を過ごす。
刑務所の無意味さについてはボクらと刑務官が一番良くわかっている。世間はいつ気づくのだろう。
若松英輔/言葉を植えた人
言葉がすくすく育つ土壌となり得る人でありたい。