今年度の二期生がやってくる。
一週間前に自分たちが教えられたことを全く同じように指導されている様子を横目に見ながら(一期生と二期生は工場の真ん中で区分けられている)、堅強な刑務所のシステムが出来上がっていくプロセスになるほどなとうんうん頷く。
訓練担当の怒鳴り声がかすれている。ボクの太ももの上がりも鈍い。みな疲れている。
今日の講義では、教育担当から薬物離脱教育の説明があった。
覚醒剤はやめた方がいい。
周りもやめて欲しいと願っている。
自分も刑務所なんて嫌だし、できるならやめたいと思っている。
白い粉を求めて、自ら身を粉にして働くのなんて懲り懲りだ。
………ごめんなさい。嘘を書きました。
心の底からやめたいと願ったことなど神に誓って一度もない。
やめるなんてもったいない。うまく使いこなしたい。これが本音だ。
人間やめますか。覚醒剤やめますか。
そんなこと言われたってなあ。ボクは人間である前にアディクトなんですよね。
渇望の上昇、ミーティング(SOSへとつながるインフラ)の崩壊、ルートに繋がってしまうラッキー。
満を持して魔がボクを突き刺す。
ボクはすべるべき時にすべる期待通りのアディクトであり、すべっちゃいけない時にもすべってしまう愛すべきアディクトなんだ。
神経を研ぎ覚し、正直な自分の声に耳をすませると、いつだってどこだって、欲しい…使いたい…そんな悲しき切実が聞こえてくる。
頼もしくも残酷な自己覚知。自分に向き合うのもほどほどにしないとな。
こんな思いはもうまっぴらだ。ボクは薬を使って渇望の外の世界へ飛び出していく。
細胞レベルでの拒否…なくならない快楽快感記憶。
思考レベルでの抵抗…ダメ絶対よりもハームリダクションに傾倒する価値。
人格レベルでの違和…反社会的人間も包摂できる社会を理想とする思想信条。
ボクには覚醒剤をやめれない理由が三拍子揃ってしまっている。
覚醒剤依存症の特効薬は覚醒剤だ。傷薬は人に塗ってもらった方が効きがいい。覚醒剤も病院で処方してくれたらいいのに。よく効くに違いない。
パキッとキマる最高級の覚醒剤でも打ち込まない限り、やめようなんて決意は固まることもないだろう。
Dance till we drop!
Dance upon nothing!
離脱教育はやめ方ばかりをレクチャーしようとするが、まずはどうやったらやめようと思えるかを教えるべきなんじゃないか。
そのコツを知ってる人がいたらぜひ最寄りの刑務所に一報お願いしたい。
部屋に戻り一日を振り返る。思い出せることは少ない。今日のこの感慨はいつのデジャブだったのだろう。
稲葉さんから手紙が届いた。待ってくれている誰かがいることは「過去も今も無意味ではない」証拠。もう一度、頑張れる権利があると言うメッセージなんだとボクは励まされる。
アンソロジー/戦争×漫画 1970-2020
藤田嗣治が好きな女性に送って差し上げた。とても分厚い本だからレターパックプラスに押し込んで。