収監ダイアリー

虚栄心、自己治療、責務、手段、自己実現。晒す限りは活かしたい。

2022年5月4日

刑務所における祝日。それはすなわちおやつの日。

今日はクリームオー(オレオのジェネリック)。個包装であるが、箱を開けるとチョコの香りがふわあっと広がる。

朝日とともに目覚め、夕日とともに休む。規則正しい生活スタイルの継続。これが罰になるってよく考えると不思議だ。真面目に生きることって罰を受けてるみたいなもんなのかもなあ。

刑務所がハームリダクションの価値を受けつけないのは、罪には罰で対峙しなければならないという刑務所の刑務所性のようなものを否定することへの抵抗なんだろう。「覚醒剤は意志でやめれる」そんな神話に属するような夢物語の住民であり続けるのもしんどかろうに。

そんな人の心配よりも脳はクリームオーから放たれる甘い感応に一直線。出役中は、歩きながら手を拭くのはダメ。食べながら話すのもダメ。ながら行為は一切禁止された世界。集中体質を徹底して強いられた結果、口にチョコの味が残っているうちは、手紙も書けない、本も読めない…まあこれはこれでいいのかもしれないが。

甘さが消えてしまえばあたりは色味のない景色に戻る。とうのたったマッチ売りの少女の世界観。

退屈の洪水に溺れて午睡に身をゆだねる。夢の中でだけは誰もボクを縛らない。刑務所の運動場で餌を探す鳥のように自由になれる。

ボクはフィギアスケーターになっている。難易度の高いジャンプに挑むアスリートスケーター。何度も跳ぶ。跳んで跳んで跳びまくる。そしていつか跳ぶのをやめる時が来る。引退だ。それでいい。何度転んだって生きているならそれでいい。ボクらは見事な着氷よりも、大怪我をしないスリップにいつだって喝采を贈るべきなんだ。

 

 

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中村文則/逃亡者

「そんな現実は知りたくなかった」と不都合な世界にシラを切り耳を塞ごうとする者に対して、「知らなかった」「書かなかった」「言わなかった」と連呼し力づくでわからせようとする姿勢は文筆家としての責務であるかのように思えた。