この部屋は一階にあり、正面には体育館が立ちはだかっているため、窓からは30センチくらいの空しか見えない。その空の闇が緑がかってくるとすぐに朝がやってくる。まだ眠剤が効いているから本には手がいかない。次に目を開けると白い靄がかかっている。常夜灯の灯りよりも外が明るくなればもう本をを読んでもいい頃だ。
昨日と見分けのつかない一日が始まる。
昼過ぎから中庭の芝刈りが行われる。土ぼこりの匂いが部屋に入り込む。芝刈り機の穏やかざる轟音に包まれて過ごす作業は時間の進みを早くさせる。汗を誘う騒々しさだ。
刈られても伸びる。刈られても伸びる。刈られるために伸びる。伸ばすために刈る。その切なさ、たくましさは、捕まるために出所する薬物依存症を連想させる。哲学みたいだ。
今日の夕食には椎茸が出るような気がする。週3回は紛れ込んできやがるからなあ。確認するがボクは椎茸が嫌いだ。きのこってなんだか魔法にかけられた小人のメタモルフォーゼに思えてしまうからさあ。小人の肉は食べたくない。だけど、どんなに遠くに取り分けても気になってしまいついちらちらと見てしまうボクはきのこに魔法をかけられている。椎茸に取り憑かれている。
手紙が届く。塚本さんが「『100日後に収監される〜』に個人情報が載っていたから修正しました」って。ありがたい。ID伝えておいてよかった。親から「情けないからやめなさい」ってクレームの入った問題のブログ。なんかねえ、情けないとは思えないんだよね、自分のことを。書くことは一種の浄化の手段なんだけど、どうもわかってもらえない。「薬を手放す人生」を手に入れる。目指すベクトルは同じなのになあ。「情けない」をモチベーションに回復したくないんだよね、ボクは。
夕刻、全国津々浦々の刑務所から職業訓練生の募集の放送が流れる。眠剤を服用していたらダメらしい。そもそもこの左足じゃダメだろう。
刑務所での生活を自分の人生にしっかりと根付かせてないから、出所したってひと季節過ごせば何もなかったように生きていく。足の怪我だってそう。出た頃には傷も痛みも跡形もなく消えてしまう。
中村航/夏休み
ゲイカップルに間違われたことに立腹する主人公。
いつ頃の本なのか確認してみたら2002年が初版だった。今だったら、こんな風には表現されなかったかもなあ。