収監ダイアリー

虚栄心、自己治療、責務、手段、自己実現。晒す限りは活かしたい。

2022年3月23日

ここでは週に二度屋外運動の時間がある。参加するか希望を聞かれるのであるが、毎回出ないと言ってこれまでは参加することはなかった。

誰かからコロナをもらうのも嫌だし、濃厚接触者になって移送が遅れるのも嫌だし、未決勾留者の姿を見て気持ちがわさわさ揺さぶられるのも嫌だったから。ここにいる間はできるだけ静かに過ごしたかった。完全な孤独は、疎外感すら奪ってくれる。

だけど作業で爪が割れてしまった。爪切りは運動時間にしかできない。ボクは仕方なく運動に参加した。

 

誰かとの交流…それは杞憂だった。

運動は完全個室、完全孤立だった。

 

運動場は、8階にある。数十室の運動できる部屋が列になって並ぶ。俗に言う鶏小屋ってやつだ。

幅2メートル、奥行き7メートル程度の広さに分厚いコンクリートの壁。上方は10メートルはあろうと思われる吹き抜けになっている。もちろん間には金網があって逃げ出せないようになっている。

奥の鉄の柵越しに景色が一望できる。

拘置所は3つの建物が三角形のスペースを囲うようにそびえ建つ。その一角の八階部分の内側にいるんだが、フロア自体が馬鹿でかいので、体感としては20階くらいからの眺めのようだ。

地面は見えない。空もちょっとしか見えない。

無機質で均一な窓達。景色は開けているのにいっさいの自由を感じさせない。

それぞれの建物が意思を持って今にも動き出しそうだ。

グオーっと不穏な要塞の咆哮が聞こえる。呼ばれているような気がして飛び降りそうになる。鉄の柵がなければくらくらと引き寄せられて身を投げてしまう者もいるだろう。そんな不気味な引力がある。

見ごたえのある風景と言えなくもない。

いつか行った板門店をなぜか思った。一般人に解放したならここもJSAに負けないくらいの負のオーラを持った観光名所になりそうだ。

 

そして、とにかく凄まじいくらいに寒い。足の指が真っ白だ。カブトムシの幼虫のようだ。

震えながらボクは爪を切った。とにかく寒かった。あたりは兵どもの爪の跡。そこにボクの爪が新しく混ざる。

あまりの寒さに運動する気も削がれ30分間体操座りで待つ。大人の体操座りはひどくわびしい。

 

手足の凍えは、就寝後、布団に入ってもリカバリーしなかった。

ボクはもうここでの運動には出ないだろう。爪が伸びる頃、ボクはもう移送されている。

 

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ジョン・スタインベック怒りの葡萄(上)

これも官本。結構年季が入っていて、30ページくらいがごそっと外れてしまうようなくたくた具合。内容もなかなかにギリギリの切迫感で負けてない。壮絶とはかくなり。